本記事では、元大関・嘉風の元嫁である大西愛の生前の激ヤバ行動についてまとめていきます。
2023年8月18日、文春から嘉風の元嫁が変死体で見つかったという衝撃的な記事が出ました。
元嫁の名前は大西愛。
嘉風とは2023年3月に離婚していて、それ以来顔をあわせたことはないという。
元嫁・大西愛は2021年に娘の目にムヒを塗ろうと押し付けたり、殴る蹴るなどの暴行で逮捕された件が週刊誌に報じられ話題になりましたが、それ以外にも激ヤバ行動があったようです。
そこで今回は、嘉風の元嫁・大西愛の激ヤバ行動3選をお伝えしていこうと思います!
嘉風の元嫁は大西愛
名前:大西愛(旧姓:西口)
年齢:享年44歳(1979年12月26日生まれ)
出身:大阪府守口市
職業:航空会社勤務(CA)→ブランド販売→サロン経営
身長:163㎝
もともと航空会社に勤務していてキャビンアテンダントをしていましたが、
その後はラグジュアリーブランドの販売員をし、最終的にはインテリアフラワーサロンの経営もしていました。
インスタのプロフィール欄には、オンラインサロンの準備をしていることも書かれていました。
年齢は嘉風さんの3つ年上です。
2005年の春場所中に大西愛と出会い、嘉風が一目ぼれして猛アタックしたことにより交際がスタート。
2008年に籍を入れ、翌年には第一子の娘さんが生まれました。
大西愛のインスタグラム
嘉風の元嫁・大西愛のインスタグラムはこちらです。
嘉風との離婚調停に入る前に公開されていたインスタのプロフィール欄です。
離婚調停に入ってからは非公開にし、離婚が成立してからはアカウントごと削除されました。
フォロワーは1.4万人いて、一般人にしては知名度もファンもある方でした。
嘉風と元嫁・大西愛が離婚した理由ですが、
育児の価値観や、大西愛が“力士の嫁”らしからぬセレブな生活を送っていたこと、嘉風が親方になっても女将になる気が全くなかったことなどがあげられています。
嘉風の元嫁・大西愛の激ヤバ行動5選
ここからは、嘉風の元嫁・大西愛のヤバすぎる行動について取り上げています。
元嫁・大西愛の激ヤバ行動は全部で5つ。
- 娘への虐待で逮捕
- 嘉風の反物を勝手にメルカリで売る
- ママ友の整形情報をネットにバラまく
- 離婚調停中に婚活パーティーに参加
- 男と変死・孤独死
この5つです。
一つずつ順番に見ていきます!
娘への虐待で逮捕
嘉風の元嫁・大西愛は娘への暴行・虐待で2021年3月に逮捕されています。
2020年6月に大西愛が当時小5の娘に「ボケぇっとして早くしろぉ‼」「お前、ムヒこんなめちゃくちゃにすんなオラァァ!!!」「目に入れたろかお前。おいコラ。あぁ?」などの怒声を挙げたり暴力を振るいました。
これは娘が自力でカメラに収めることに成功したそのときの実際の音声ですが、
痛々しくて最後まで聞いてられません。
これを知った父・嘉風は大西愛に注意するも逆上して大喧嘩が勃発。
大西愛が「嘉風に暴力を振るわれた」とDVを訴えて警察に通報しましたが、逆に嘉風の体から無数のひっかき傷が見つかったことで暴力を振るわれたのは嘉風の方だと判明しました。
虚偽の訴えで警察を呼んで、逆に自分のDVが確定した…
というのも大西愛のヤバイポイントの一つと言えますね。
この件がきっかけで嘉風は子供2人を連れて大分県佐伯市の実家に避難し、まもなく大西愛との離婚調停を始めました。
年が明け、2021年2月に『デイリー新潮』が虐待の音声付きで報じたことで世間に知られることに。
その1カ月後の2021年3月に大西愛は逮捕されました。
嘉風の反物を勝手にメルカリで売る
実は2019年ごろから既に嘉風と大西愛は別居していたが、お金が足りなくなった大西愛は嘉風の反物をメルカリで勝手に売りさばいていたという。
すぐに身に付けられる状態で店に並べられているのは「留袖」「振袖」「訪問着」のみであり、それ以外は着物を仕立てる前段階の布をちょうど巻物のように巻いて販売しているのです。
この状態のものを反物(たんもの)といいます。
引用:BUYSELL
逮捕される前、警察は大西愛と連絡が取れなくなってしまったが、彼女がひそかに更新してたフリマアプリ(メルカリ)で生存確認をしていたとのこと。
大西容疑者は、嘉風に贈られた反物をフリマアプリに出品して、嘉風が周囲から注意を受けたということがあったとか。そして別居後はお金に困っていたのか、同じように私物を売ることで生活費を捻出しようと、大量のバッグや洋服をメルカリなどに出品していたんです。しかし、過去にSNSで着用していた服を『新品』として売り出すなど、やはり近しい関係者からは、白い目で見られていました
引用:サイゾーウーマン
嘉風には日ごろから贈り物として反物が届いていましたが、小遣い稼ぎのために勝手に売りさばくという激ヤバ行動を大西愛はしていました。
ママ友の整形情報をネットにばらまく
大西愛にはもっと激ヤバな行動があります。
虐待で世間を賑わせていたころ、インスタグラマーのママ友とも法的なトラブルにあっていました。
なんと大西愛により整形履歴や住所などの個人情報をネットにバラまかれたのだとう。
デイリー新潮によると、
大西愛は東京都中央区のあるクリニックを懇意にしており、何人かの知人の女性にもそのクリニックを紹介していました。
被害にあったママ友もその一人だが、大西愛に紹介されて行ったところ、問診票に記載した住所や電話番号、整形の経歴などの個人情報を看護師が写真を撮って大西愛に送付。そこからネットに流出していたのだという。
そのママ友は子供たちを実家へ避難させ、自身はホテル生活をしないといけないという事態に。
さらに整形履歴も広まってしまったインスタグラマーとしての活動は続けられなくなってしまったそうです。
大西愛はなぜそんな行動をしたのか?
どうやら奥さんは、報道の情報源が、このママ友だと思っているみたいなんです。その“仕返し”として、彼女の個人情報を知り合いの間に流出させているとか。ママ友本人にそれを知らせた人がいて、本人は事態を知ったようです
嘉風氏の妻は依頼者(※ママ友の女性)の個人情報を流出させる際、“つぶそっかなっておもってる”と、依頼者に対する攻撃的な発言をしていることを確認しています。
引用:デイリー新潮
実は娘への虐待が週刊誌に報じられたのがこの時期だったが、週刊誌にリークしたのがこのママ友だと疑った大西愛が“潰す”目的で住所や整形履歴などの個人情報をバラまいたのだという…‼
娘への虐待を週刊誌に売ったのはこのママ友ではないし、報復としても悪質すぎますよね。
離婚調停中に婚活パーティーに参加
これも時期がほぼ重なっていますが、
元嫁・大西愛は嘉風との離婚調停中に婚活パーティーに参加していたという。
2020年12月15日の『週刊女性PRIME』の記事には婚活パーティーに参加したり、LINEやインスタのDMなどで気になる男性にメッセージを送っていました。
「実は愛さん、婚活パーティーに精を出し、かなり手広く交流を深めているんです。最近では、成功している起業家などに高級レストランに連れて行ってもらったり、LINEやインスタなどのメッセージを通して“密会”を迫っているとか。相当、活動範囲を広げていて、親方も立場上、肩身の狭い思いをしているようです」(同前・角界関係者)
引用:週刊女性PRIME
子供はすでに嘉風の実家に避難し、
嘉風とも別居していたので一人暮らしの状態で、
遅かれ早かれ離婚することは決まっていたので次の恋を探したい気持ちは理解できますが、
やはり問題行動だと言わざるを得ません。
男と変死・孤独死
起業家などのお金持ちを狙って婚活をしていた大西愛ですが、
嘉風と離婚して半年後に“新しい男”とともにこの世を去ることになってしまいました。
2023年8月18日、男のマンションで“変死体”で発見されたと『デイリー新潮』が報じました。
<築地署によると、2人とも寝室の布団の上で胸から血を流して倒れていたという。室内には猟銃1丁が落ちており、署は2人のどちらかが発砲した後、自殺した可能性があるとみて調べている>
捜査関係者によれば、
「男女2人が変死した現場で“猟銃”が見つかったことから、当初は事件性も疑われました。ただ、現場はタワーマンション19階の部屋で、外部から第三者が侵入した形跡はなかった。死亡した男性は栃木県公安委員会から猟銃所持の許可を受けており、彼が所有していた猟銃を用いて2人が無理心中を図ったものと思われます」
引用:デイリー新潮
亡くなったのはおよそ1カ月前の2023年7月21日のことだったが、この訃報を嘉風は聞かされてなかったという。
8月18日に週刊誌記事が出る少し前に、記者の取材で知ったのでしょう。
実は娘への虐待が報じられてからは家族とも折り合いが悪くなっていたという。
葬儀は家族だけで行われましたが、親戚は葬儀に呼ばれなかったどころか亡くなったことも知らされませんでした。
これが、多くの人間と多くのトラブルを起こしてきた嘉風の元嫁・大西愛の最期です。
嘉風の元嫁・大西愛の死因は?
嘉風の元嫁・大西愛は離婚後の新しい恋人と思わしき男性の自宅マンションの一室で、その男と共に胸から血を流して亡くなっていました。
第三者が出入りした形跡がないことと、猟銃が落ちていたことからどちらかが殺害し、その後自殺した可能性が高いと言われています。
記事によると、
男の別居中の妻が、夫が自殺をほのめかすようなことを言っているが、オートロックで入れないといった通報を警察にしていたという。
このことから、大西愛は自殺願望の強い男に殺された可能性が高そうです。
猟銃もその男のものでした。
大西愛も死を受け入れていた(同意していた)のであれば“心中”ということになるが、遺書が見つかっていないため何とも言えません。